玄信流(げんしんりゅう)とは

玄信流(げんしんりゅう)とは 宗家開祖の経緯

家紋・六文銭 父真田幸村と母大谷吉継(よしつぐ)の娘(竹林院)の継嗣(けいし)として生まれし幸昌(ゆきまさ)こと大助は、関ヶ原合戦を経て、大坂の陣の砌(みぎり)1625年頃、真田姓を改め斉藤大助とした。後世、玄信正治(げんしんまさはる)が現れた。
すなわち玄信正治は万延元年依然からの系譜(けいふ)として記載される。斯く松代藩主のそれと連なる。松代藩は藩士の教育のため、江戸時代後期に創設された信濃国松代藩の藩校に文武学校(ぶんぶがっこう)を設立、常磐津の師匠としても芸に励む玄信から代々伝えて其の後、現代に到り、母竹代(松代藩祖から数えて第18代の世孫)は椙浦氏(公家筋の猶子)鐵四郎を婿とし、その業を尊ぶ。以後、連綿たる玄信公の意を承継し横笛の芸を普及せしめんとする。すなわち宗家、開祖とし、子を以て椙浦音生(すぎうら ねお)と号(ごう)せしむ。即ち茲に祖旨、経典(けいてん)を記せしむものなり。

玄信流の「玄」とは

古来中国では宇宙の始まりの音をしめす言葉。
・老荘思想で説く哲理。空間・時間を超越し、天地万象の根源となるもの。
・微妙で奥深いこと。深遠なおもむき。
有でも無でもない、その更なる深層段階。
奥深い道理であり、あらゆる事物の根本の道。
ここで有でも無でもないとは、有無が渾然と統一されている様をいう。
有無が合して一となるのは、有が「常なる有」であり、無が「常なる無」であるが故である。
また、「常なる」とは変わらざるのではなく、易の三義の如くに万物創造の根源たる様をいう。
「常有と常無は同じきより出でてしかも名を異にす。同じきこれを玄と謂い、玄のまた玄は衆妙の門なり」
玄のまた玄、即ち究極の玄を常無・常有の出ずるところである。

「信」とは

・疑わないこと。信頼すること、信仰する心
・あざむかなず、いつわらないこと。忠実で、まこと。儒教の五常の一つとされる。
「信」は人を表す「亻(ニンベン)」と、言葉を表す「言」を組み合わされる。
「言」の下部にある「口」は、神様へのお祈りに使う器であり、
「言」は「(神様に誓う)言葉」を表してきた。そこから、「亻」を合わせた「信」は
「神に誓いを立てたうえで、人と約束する」様子を表現している。
「まこととする」「真実、誠実」などの意味をもつようになる。
また、「真実」を言い換えると「偽りでなく正しいもの」であるので、転じて「証明、しるし」の意も生まれる。
人を裏切らない誠実な態度を表すことから、道徳観や倫理観の点で信は大切
古代中国の思想家である孔子は儒教という教えの中で「仁・義・礼・智・信」という5つの徳を積むことが人生を豊かにする、
と説いたのです。

和笛・玄信流の流義

所作、品位、品格を保ち、凛々しく、堂々と振る舞う
構え 筒を真平(まひら)に」 首を正し、正目(せいがん)」に構える
心得 凛々しく、しなやかに、礼に入りて、礼ではける
流儀 和心の笛、 天地自然の理に沿い、一音一仏となす
演奏、静謐(せいひつ)を保ち、雑念を排し平心(へいしん)であれ
呼吸、心身の精気を臍下丹田(さいかたんでん)に集め出入息を鍛錬
修業、術技(じゅつぎ)、手技(しゅぎ) 息技(そくぎ)を学び、情感を養う
学び、和心(わごころ)を知り、心技、流儀をもって、和笛の名手となれ
横笛 古典調の運指(うんし)を使い、真笛(真竹)、篠笛(篠竹)の調べを元とする

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