今昔物語

今昔物語

また登照の房は一条にあったので、春の頃、雨が静かに降っていた夜

その房の前の大路を笛を吹いて通る者がいた。

登照はこれを聞いて弟子の僧を読んで言うことには

「この笛を吹いて通るものは誰とは知らないけれども

寿命がとても残り少ないというように音が聞こえている。

その人に知らせたいものだ」と言ったけれども

雨はひどく降る上に、笛を吹く者はどんどん通り過ぎて行ったので

言わずにそれきりになってしまった。

明くる日は雨がやんだ。

その夕暮れに昨夜の笛吹きがまた笛を吹いて帰ったのを登照が聞いて

「この笛を吹く者は昨夜の者であるよ。ところが、不思議なことがあるのだ」と言ったところ

弟子が「そうでございますよ。どういうことがあるのですか」と尋ねると

登照、「あの笛を吹く者を呼んで来い」と言ったので

弟子は走って行って呼んで連れて来た。見ると若い男で有る。

侍であるようだと見受けられる。

登照は侍を前に呼んで座らせて言うことには

「あなたをお呼び申し上げたことは、昨夜笛を吹いて通り過ぎなさった時に

寿命が今日明日に終わってしまうような相が、あなたの笛の音に聞こえたので

そのことをお知らせ申し上げようと思ったのだが

雨がひどく降っていた上に、どんどん通り過ぎなさってしまったので

お知らせ申し上げることが出来ずに、誠に気の毒なことだと思い申し上げていたところ

今夜あなたの笛の音を聞くと、はるかに寿命がのびてしまっていらっしゃる。

昨夜はどのような勤行をしたのですか」と。

侍が言うことには

「私は昨夜特別な勤行はいたしておりません。

ただ、ここの東で川崎寺と申します所である人が普賢講を行ないましたが

その迦陀に付いて笛を吹いて、笛を一晩中吹いておりました」と。

迦陀はこれを聞くと

「きっと普賢講の笛を聞いて、その結縁の功徳によって

たちまちに罪を滅して寿命がのびてしまったのだなあ」と思うと

しみじみと胸が一杯になって、泣く泣く男を拝んだ。

侍も喜び、有り難く思って素晴らしい人相見がいたと

語り伝えているとかいうことである。

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